なぜ僕がハンターだけで生活できているのか
僕は今、狩猟だけやっていれば最低限の収入が得られるという有難い環境にいる。「ということは、スゴ腕のプロハンター?」かというと、そんなことはない。まだまだ狩猟の技術は未熟で、成果も細々としたものだ。しかしながら、仕事のかたわら趣味で狩猟を楽しんでいるという状況でもない。言うなれば、ハンターの修行が仕事だ。なぜそんなことが可能なのか?その訳を説明しよう。
都会でハンターは難しい
ハンターになりたい、猟師になりたい、と思った僕は、当時まだ東京丸の内で働いていた。土日はしっかり休日だったので、まずは週末だけでも趣味で狩猟を・・・と考えたのだが、すぐに「都会にいてはダメだ」と考えるようになった。
日本において狩猟を行っても良い期間は、11/15〜2/15の3ヶ月間と決められている(一部地域で異なる)。この12週間の土日全てを狩猟に費やしたとしても、年間に24回しか猟に出ることができない。それではいつまで経っても技術は未熟なままで、野生動物なんて獲れないのではないかという気がしたのだ。実際、都会に住んでいながらハンティングを趣味としている人はたくさんいるのだが、そのレベルとは一線を画したいという気持ちがあった。まだ始めてすらいないのに、随分前のめりな話だ。
脱サラして、ハンターで稼ぎたい
「狩猟を体験してみたい」という想いと同じくらい、「それでお金を稼ぎたい」という気持ちが強かった。初めて企業というものに勤め、大きい組織で大きい仕事を動かしてゆくためには各人が分業の分業をこなさなければならないという事実を知った僕は、その「分業の分業」に価値をイマイチ感じなくなっていた。社会性に反するような思考回路とも思えるのだが、自分の食い扶持くらい、それを稼ぐための仕事を丸々独り占めしたいという欲があった。「これは俺が獲ったんだ、稼いだんだ」という、狩猟民族のプライドのようなものに憧れた。
そんな訳で、「狩猟 起業」などといったキーワードでGoogle検索をかけていたら出会ったのが、Next Commons Lab(ネクストコモンズラボ)だった。
ベーシックインカム13万円、ハンター修行
Next Commons Labというのは、フォーブスの「日本の地方を変えるキーマン55人」にも選出された林篤志さんが立ち上げた一般社団法人。「ポスト資本主義社会の具現化」という壮大な目標を掲げ、3年間のベーシックインカム付きで起業家を募集するというプロジェクトを仕掛けている。
起業といっても、全くのゼロから新しい事業をおこすのではなく、ある程度の枠を準備してくれている。農家、カフェ経営、ビール職人、養蜂家などなど。一次産業系だけに限らず、デザイン、教育、テクノロジー関連など、幅広い。それでいて「オーガニック、サステイナブル、インバウンド」などといった、時代に即した「イケてる」起業の種が用意されている。その中の一つに、「3年間ベーシックインカム出しますから、ハンターの修行しませんか?」という募集があったのだ(当時の募集ページ)。
まさに自分が求めていたチャンス、これは願ったり叶ったり、とすぐさま応募し、採用され今に至っている。月に13万円程度のベーシックインカムを貰いつつ、募集ページにある通り、師匠の植村さんのもとでハンターの修行をしている。ベーシックインカムとは別に家賃も全額手当てしてもらっているので、田舎で暮らしてゆく分には経済的にも十分持続可能な形で生活できている。これだけ条件が良いと「修行とはいいつつ、狩猟とは無関係な雑務も多いのでは?何か理由があるのでは?」と疑ってしまうが、本当に狩猟の修行だけを行うことが可能な環境だ。
誰がお金を払っているの?
当然の疑問だ。「そのベーシックインカムとやらは、一体誰が払っているのだ?」と。そのカラクリ、そしてNext Commons Labの起業家支援のバックボーンになっているのは、国の「地域おこし協力隊」制度だ。全国で約5,000人が利用しているこの制度は、地方への移住促進・地域活性化を目的としており、人口減少・高齢化・都市部への一極集中などといった社会問題を背景に国が10年前から実施しているものだ。
簡潔に内容を説明すると、都市部から田舎へと移住し、そこで仕事につき、公務員として自治体からお給料を貰って生活するというプログラム。期間は最大3年間。最終的にはその地域での起業や定住を目的とした制度であるが、もちろん拘束力はないので、どうするかは自由だ。
公務員といっても仕事の種類や勤務体系は多種多様で、「日本国内のワーキングホリデー」などと例えられることも多い。定住が目的という意味ではワーホリと異なるのだが、雰囲気的には近いものがある。(らしい。僕はワーホリの経験がないので。)
国が協力隊員1人あたり年間400万円のお金を準備し、それを使って、地方の自治体が協力隊員を受け入れる。お金の主な使途は以下の3つ。
①自治体が使うお金 – 募集と採用の費用、協力隊員のマネジメント経費
②協力隊員の仕事に使うお金 – 仕事に必要な道具などの購入費、起業するための資金
③協力隊員の給与
僕の場合で言うと、②の予算が年間200万円(家賃やガソリン代などもここから支払われる)、③が月給で13万円程度。仕事の内容が「狩猟の修行と、それで起業するための準備」というわけだ。つまり、僕は公務員で、税金を財源に狩猟を行い、起業と田舎への定住を望まれて活動している立場ということになる。
400万円の内訳や仕事の内容は自治体ごと募集枠ごとによって様々であるが、僕の雇用条件は全国的にもかなり特殊な方だと思う。一言でいうと、「給与が安い代わりに活動の自由度が非常に高く、起業の準備に特化している内容」ということだ。
「やりたい仕事」ができる新しい世の中
僕がやっている「ハンター修行の地域おこし協力隊」が実現したのは、Next Commons Labのおかげだ。Next Commons Labと奈良県とが協働して、採用枠を作ってくれた。そしてもちろん、大前提に、狩猟の弟子を受け入れてくれた植村さんの理解があってのことである。
旧来の地域おこし協力隊は、地方の「労働力」として3年間の任期を終えるケースが多く、独力で起業できるスキルが身につかないまま雇用契約が切れてしまうという問題点が指摘されていたそうだ。「日本のワーホリ」というだけあり、何かしらの「やりたいこと」を持って、あるいはそれを探しに田舎へ移住してきたものの、何かを実現させることのないままに都会へ帰っていってしまうというパターンだ。
そういった「協力隊の失敗例」をなくすため、そして、「やりたい仕事」を追い求めて起業するための準備期間を、ある程度の経済的保証の下で実現させるため、Next Commons Labと地方自治体とがタッグを組んで起業家をサポートしているのだ。
残念ながら、今この記事を書いている時点においてNext Commons Labに「ハンター募集枠」は存在しないため、「ハンターだけで生活する方法」を具体的に提示することは出来ない。しかしながら、Next Commons Labのように、地域おこし協力隊の制度を活用することで「やりたい仕事」を個人が実現できる世の中を作っていこうという動きは全国で始まっている。
東京でサラリーマンをやっていた頃、僕はこうしたトレンドのことを全然知らなかった。僕にとっての狩猟のように、新しい働き方への入り口を開けてくれるきっかけは誰しも身の回りに沢山あるはずだ。都会でイマイチな仕事をしているというモヤモヤがある人は、一度Next Commons Labの起業家募集ページを覗いてみてほしい。