バットでイノシシと闘ってきた

「イノシシが怖い」という認識が世間一般的なのかどうかは分からない。僕はハンターになるまで「イノシシが怖い」と思ったことはなかった。怖さという意味でも、また見た目という意味でも、豚にちょっと毛の生えた程度であり、オスのシンボルとして飾りのごとく牙が生えている獣、というくらいにしか考えていなかった。

が、事実として、イノシシは怖い。今回初めてイノシシを罠で仕留め、銃を使わずにトドメを刺してきた経験から、はっきりと認識した。あえて銃に頼らない方法を選んだのは、獣の怖さというものを今ひとつ理解できていない自分が、男として格好わるいと考えたからである。

罠にかかったイノシシは、脚を金属のワイヤーでくくられていて、ワイヤーのもう一端が近くの木に固定された状態で「罠にかかった」ことを発見される。発見されるまでの数時間のあいだ、彼らは必死に暴れるため、ワイヤーが固定された木の半径4メートルほどは地面が派手に掘り返されている。イノシシは日頃から土の中のエサを探すために鼻で地面を掘っているが、初めのうちはその跡を見つけるたびに驚愕した。「顔面で、地面にこんな穴を掘って、痛くはないのか」と。

 

様子を伺いつつ5メートルほどの距離まで近づくと、イノシシはこっちに向かって突進して来る。「猪突猛進」の通り、迷いなく、持てるパワーの全てをかけて地面を蹴る足音が、野生という現実をはっきり突きつけてきた。「人間だけじゃないんだぞ」と。鋭い牙をむき、太い首で相手を突き上げ攻撃する。

 

ワイヤーがイノシシの脚から外れたら、そのまま激突される。暴れるイノシシは、ワイヤーに捕らえられた自らの脚を切断してでも逃げるというから、ワイヤーは外れるものと考えて立ち向かわないと危険だ。向かって来るイノシシの速度と、ワイヤーの半径ギリギリラインと、突進を避けながら打撃を与えるタイミングを図る。

 

COLD STEEL社の戦闘用バットを使っている。重量があり、強い打撃を与えられる。「こんなの何に使うんだ」という商品なのだが、これくらいのものでないと、立ち向かう自信がない。写真は頭に装着したGoProで撮影したもの。黒い本体に白で印字してあるのがバットだ。イノシシがすぐ目の前まで来ていることが分かると思う。

 

何度か打撃を与えるも、イノシシは半ダウン状態からすぐに復活して再び突進してくる。結局、数度これを繰り返した後に、眉間のあたりに入った打撃で一発失神した。技術不足のために、無用に苦痛を与えてしまった。頭頂部ではなく、もう少し鼻に近い箇所を狙わないといけないようだ。考えてみれば、首の関節を支点に頭蓋骨を揺らして脳にダメージを与えるのだから、打撃の力点はその作用を考慮しなくてはならない。格闘技で「アゴを狙う」のと同じだ。

 

失神し、極端に動きの鈍くなったイノシシ。槍で心臓近くの動脈を突いて、トドメを刺す。失神しても心臓は普通に動いているので、それがポンプの役割を果たし、血液を体外に放出する。肉を美味しく頂くための「血抜き」という目的も、この方法に含まれている。正確に動脈を傷つけると、わずか十数秒ほどで絶命する。

 

60kgくらいだろうか。その体躯のエネルギーと、幾度となく頭部を打撃されても再び立ち向かって来るバイタルの強靭さを目の当たりに、戦慄する。しかしそれ以上に、動脈たった一本の損傷で、その命が静かに終わるという生命体の現実に、また戦慄する。「血が通っている」ということが奇跡的に感じられる。その事実もまた、人間だけじゃないんだと、教わった。